→ Subscribe
→  7月 23, 2005 0

オレが連れとともに会社をはじめようと決心したのは 今から5年前。 何もできない若造ながら、 心に秘めた希望と野望は、 南国育ちのムエタイ戦士以上のアツさを誇っていた。 今や各種オーディション番組や、投資番組が一般的と なったため、 新鮮さこそなくなったが、 それらとは本質的に目的の違った 『創作者の卵たちの民主主義』構想を考えていた。 何やねんそれ? 宗教か? 半分ハズレで半分アタリである。 まず 言い古されたことだが、日本では物質的な豊かさはほぼ完全に 飽和されている。 自分の納得のいく「ブランド品」の購入だって 「ブランド品が醸し出す付加価値」を購入しており、 物質的なモノを購入しているわけではない。 このような傾向は、今後も更に急ピッチで加速される。 つまり、 モノ作り日本 ⇒ 面白く・かっこよく・感動させる日本 への転換自体も必要となってくるくらいの 大きな社会的な変化・進化だ。 そのような時代を迎えるに際し、 または『そのような時代を創っていく』に際し、 若い創作者の卵が 「生まれ、そして育つ」 社会的な体制が必要なのだ。 思想又は感情を創作的に表現して文芸、学術、美術または音楽の範囲に属するもの というのが、 著作権法が定義する「著作物」である。 この著作物=創作物をもっともっと世の中に増やすことが必要なのである。 それ以上に、それを作る「若い創作者の卵」を増やすことが必要なのである。 なぜなら、 創作者を目指す側にも「夢」が生まれれば、 創作物を見たり感じたりする側にも「夢」が生まれるからである。 だから、 『創作者の卵たちの民主主義』 が必要なのだ。 『創作者の卵たちの民主主義』 とは?? ひとことで言うと、 「文芸、学術、美術、音楽」を志す若者のための 「投資市場」の形成 のことである。 既にオリコン(株)が「ミュージックファンド」なるものを 創設しているが、それとは一切関係ない。 提唱している「エンタテイメント ファンド」という発想とも 似て非なるものである。 投資市場であるが、投資する側は 「利益が出そうだから投資する」 のではなく 「好きだから、もしくは応援してやりたいから投資する」 [...]

→  7月 9, 2005 0

うちの会社は、他の会社がやらなそうな、 新しいことに、どんどん益々チャレンジをする。 邪魔すんなよ! 最近、社会的常識だけを礎に、 オレらのコンテンツに口出しをしてきている媒体屋の君ぃ。 これ以上調子に乗って、クソおもしろくない意見ばかり 振りかざしてくるようだと、、、 本気で干すぞ。 君の人間性や社会常識なんて、全く無視してやったるからな。 オレは作ることに対し、そのような妥協は許さない。 わかったか? 以上。 有限会社百花、夏のイベント2つ、決定! ●茅ヶ崎合宿(8月8日~10日) メンバー全員で海近合宿。 仕事をしつつも、花火大会、サーフィンなどにチャレンジ!! 夏は夏らしく、自らを解き放てっ!そして制作。 ●大学生インターンシップ受入(8月下旬から予定) たまには身内の役にも立とう! 大学3年生のインターンシップ受入。 受入2週間で、本人がサイコーにはっちゃける作品を作ってもらおう。 ●屋形船企画(7月か8月予定) テンション上がる! 詳細は全くの未決定。 どうする?? もう一度言う。 広告屋のくせに 「社会的常識」や「無難な落しどころ」「他社の事例」 などからしか『企画やクリエイティブ』を考えられない奴、 人間的こだわりや、遊び心、挑戦心、向上心が 全く感じられない作品は、 後続するクリエイター、創作者のために 早めにこの世から消えてください。 もしくは、クリエイティブ作業には一切 関わらないでください。 でなければ、いつまでたっても 「広告=邪魔で計算高いだけのモノ」となり、 広告は誰にも見られないモノになってまいますよ。 広告クリエイティブは、面白いモノ、かっこいいモノ、興味深い指摘があるモノ、 でなければならないのです。今こそ。

→  5月 12, 2005 0

茨城県の山奥まで取材に行った。 正直、全く期待していなく足取りが重かったが めっさおもろかった。 まじおもろかった。 ゴリラおもろかった。 何がおもろかったか? と書こうと思ったが 別にこの話について書きたいわけちゃうから、 はしょるわ。 オレは性格上、中途半端に書くことができない。 書くならキチンと成立した形で書きたい。 書き出したら、納得いくまで書きたい。 今日は面倒くさいからやめる。 丸2日寝てないからやめる。 んで、 こんなところで書いたら捕まるかもしれんけど、 オレはたまに飲む。 車を運転する際に、ちょっとだけ飲む。 その方がオレにとっては判断力の向上と眠気防止に役立つからだ。 ※ちびっこのみんなは、まだ真似しないでね。  飲●運転のプロだからできる業です。 そのプロの技術を駆使して 高速道路上を安全運転しているとき、 ふと思いついた。 「オレらの会社のCMを作ろう。」 テレビを見ていたら明らかに、 オレらが作った方がいいと思われるCMと出くわす。 見ていてムカつくCM、はまだいい。 マイナスにではあるが、少なくとも見ている人の気持ちを動かしている。 何度も見ていたはずなのに、 全く記憶に残らず、 「ちょっと僕 人見知りなんで、 公共の電波で何かを主張するなんて・・・{{(T-T)}}プルプル」的な CMが多すぎる。 前向きな目的や、人間性のない主張なんてただのワガママだが、 広告には少なくとも、何らかの正当な目的がある。 まずは、オレたちのコンセプトを ・おもしろくアイデアフルなシナリオ ・拘りに裏打ちされた表現技術 にて映像で世の方々に見せたいのだ。 もちろん、このCMに共感頂き、 ウチの会社にCMの企画と制作を頼みたい方が いらっしゃれば、 少数精鋭の有限会社百花メンバーが 総力を尽くして、傑作CMをお作りする。 ちなみにこのCMは、 後日うちの会社のホームページ(http://imfr.jp)でのみ 公開をする。 せっかくなのでFlashの中に埋め込んで、 CMを見ること自体をも、 エンターテインメント化させて ご提供しようと思う。 ぶっちゃけ、費用の問題がおおありなので、 外部の撮影技術者、映像技術者の有志も募りたいのは山々である。

→  5月 3, 2005 0

最近、面接をやっている。G.W.中。 若い、クリエイターの卵たちと話す。 テンションが上がり、テンションが下がる。 中々 表に出ないこともあるが、やっぱり皆それぞれ自分らしさを持ち、 それをどう深めるか、ということを考えている。 そしてそれをどう世に刻んでいくか、ということを。 はじめは表に出にくい。外見では出ない、喋りでは出ない、 履歴書では出ない、作品を見てはじめて、出る。 または作品を軽く見ただけでは、まだ出ないこともある。 それを作る経過、そしてその時の想いについて聞くと、 ほぼ確実に、出る。 喋っている人間と作品で現れる人間が、 かなり違う奴もいる。オレには分かる。 会話や言葉や文章などの表現では 8割方、そいつの真の自分らしさは出てこない。 20年も生きてきていれば、それらは簡単に偽ることができるのだ。 いや、偽ることをよし、とした環境で育っているのだ。 そうなると、会話をしている人間と別の人間が体内に隠れていることになる。 ※その表現と真っ向から闘い、かつ磨き上げている人間は別。 1人の中には何人もの表現者が住んでいる。強い表現者、弱い表現者を含め。 そういう場合、1人を雇ったら、何人分の給料を払えばよいのだろうか? 答えを言いますと、ウチの会社は1人分しか払いません。今は。 面接で、 会った奴の全員と一緒に働きたい。 約100人のクリエイターの卵からエントリーがあった。 (うち40、50人はサクラなんちゃうやろうか、と懐疑的にもなるわ。) 約20人超と面接をする予定だ。 多分、2人しか採用できない。 言われ廃れていることだが、若いクリエイターは夢を持つ。 そして夢に近づくためにもがく。 これは当然だと思うし、今後も当然であって欲しい。 もちろん、オレの方が長く苦悩した分、 コンセプトの深さや表現の幅では勝っているし ノウハウも持っていると思っている。 ビジネスについても若干は、酸いも甘いも含めて教えてやれる。 但し、夢に対する我武者羅さは、歳とともに薄れてきているように感じる。 これは、若いクリエイターと会っていることで実感ができる。 オレは気持ち悪い大人になりかけていた、ということが実感できる。 面接に来てくれたような奴ならば、誰と一緒にやっても、互いに切磋琢磨できると思う。 ぶっちゃけ、会った奴のほぼ全員と一緒に働きたい、そう思う。 結局、オレには面接のセンスがない。 やりながら磨いていくしかない。 今日もデザイナーになろうと、もがいている奴がおった。 今日はデザイナーやのに、バッサリと割り切れる奴がおった。 今日はイラストレーターやのに、めっちゃ計算できる奴がおった。 今日はコピーライターやのに、頭で絵を描ける奴がおった。 今日は外見は格闘家やのに、絵本を作っている奴がおった。 今日ついにフリーターやのに、刺し殺すぐらいの絵を描く奴がおった。 おれもクリエイティブな経営者として、 自分をも思いっきり素手で殴る、闘うクリエーターであり続けたい。 最近、面接をしながらふとやりたいな、と思ったこと。 ・子供向けに作った絵本を、ひたすら大人に読ませる。  (昔の深夜番組「大人の絵本」とは関係ない)  擦れた大人が、擦れた大人に対して作る説教がましい本ではなく、 [...]

→  4月 12, 2005 0

テレビなど映像系マスメディアとインターネットとの大きな差について。 1点目には メッセージを発せられる効率性が高い(=低コストの割りにメッセージを 植えつけていき易い)ってこと。インターネットの方が。 こういうBlogのようなもんって典型的やな。 正直華やかさには欠けるが、手作り感や民主性は大。 この特徴が、情報発信側に対する理解を深めさせることに長ける、 という効果を出しているように思う。 いい意味のマニアック感。自分だけが知っている、という愛着にも繋がりやすい。 オレみたいな反官贔屓な奴は、特にこういうものに愛着を持ちやすい。 いわゆるターゲティングメールとかとはちょっと違うけど、 少数派にターゲットを絞って、コンテンツを出していくことができる。 (物理的に絞るのではなく、閲覧側が自動的に選択し、結果的に絞られる) 「ある属性の何曜日の何時くらいに~という環境の場合だけ 起こるであろう・・・な感覚。 それを感じる時間は非常に少ないが、極めて強く思う感覚。」 くらいなレベルにまで表現すべき感覚を 異常にかつ明確にブレイクダウンし、 それに合致するターゲットクラスターを、厳密に絞り込む。 そこに対してのみ、深みのあるガッチリとしたリーチをとるコンテンツを提供する。 コンテンツ制作のセオリーとしては当然の方法であるが、 それが全体的な視聴率重視のマスメディアにはできないことやと思う。 インターネットでは、この究極の絞込みに対応できるのだ。 そのようにして捕らたターゲットからは、利益も落ちやすい。 ●●マニアは、●●業界に多額のこづかいを落としているのと同じ原理。 それらを実現するとなるとインターネットを主軸にすることが 極めて有効。 2点目は、 テレビの世界で言う「1社提供番組」っていうのが、 比較的手軽に、かつ確実に作ることができるとうこと。 (ご存知の通り、テレビの番組枠には限りがある。  競合他社とのバッティングについては調整される。もちろん高いし。) 1社提供番組とは、 流通に多大な影響を与えるとして有名な花王の「あるある大辞典」(あるある探検隊ではない)や 昔で言うロート製薬の「クイズダービー」、資生堂の「おしゃれカンケイ」とか。 広告主が、公俗良序や法に反しなければ、ほぼ何でも自由に表現できる。 ある程度のコストをかけるだけで、優良なコンテンツを自社のためだけに 公開できちゃう。 優良なコンテンツを作る気さえあれば。 自社だけの番組を持てるのだ。これは大きいやと思う。 但し、PCを使いこなす層というのは正直、 今後これ以上目立った増加はしないと思う。 PC周辺で起こりうるのは、タッチパネル式のような単純化、 もしくはヘビー化していく既存利用者に対する、必要以上の 利便化かな。 ビジネスユースは対象外にしてるけどね。 となると、PCとは違って幅広い層が利用するであろう携帯の インターネットというのは 避けて通れないツール。 但し携帯はPCと比較してもその「特定の相手とのコミュニケーションツール」 という度合いが非常に高い。 そこにコンテンツが割って入る範囲は極めて少ないと思う。 但し対人間、特に気に入られたい人とコミュニケーションをする際には、 多くの「精神的な隙間」ができ、そこにはコンテンツの活躍の場が現れる。 卑近な例で言うと「狙っている女と遊びに行く際に、こんな風に思われたいな」という時の精神の不安定さ。 [...]

Back to Top ↑