20歳になったら、やめるモノ!

5月 19th, 2007 @ 梶原 信次


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最近、よく聞く。

「オレ、20歳になったらタバコやめるわ」
「大丈夫 私、20歳になったらタバコやめるもん」
という成人記念の禁煙宣言。

ほめたくなるが、やっぱり1回叱っておきましょう。
「コラっ、はたち!」

20代の男は今、ほぼ全員が言う。
「タバコを吸う女は、どんなにかわいくてもダメだ。」

自分たちのことを棚にあげて。まるでテレビのヒーローかのように。

そんなやつは、怪人ドクダミソウの最後の捨て身の攻撃を受けて、一緒に崖の下にでも消えていってほしい。
「ドクダミ、アターーック」

いずれにせよ、大人になってちょっと賢くなるからこそ、タバコをやめよう!という以前とは全く逆の現象が起こっている。

なら、もう1つやめるべきモノを提案してみよう。

それは、ドラマ。
テレビドラマを観ること。

「今度、月9で沢尻と長澤が共演するらしいから、観なあかんな。」
「月曜、用事入ってもうたから、ビデオ予約しとかなあかんな。」
「予約すんの忘れてもうたから、誰かに借りなあかんな。」
「あいつらの会話で、ほぼ今回のストーリーわかってもうたやん。」
「5話からみ始めるんも何やから、レンタル出るまで待たなあかんな。」
「あ、ドラマ借りるはずやったのに、結局エロだけ借りてきてもうたやんけ。」

こんなに、6回も挫折する可能性があるのが、ドラマだ。
1回も挫折なくクリアするやつなんて、いるのか?

そんな大人なやつがいるのならば、さぁ君こそ今すぐドラマを観るのをやめてみよう。

「『約束がちがうじゃねーかよ』って、普通に生活してたら一生言わんな。」
「動物のことでそんなに大泣きすんのに、ようマクドナルドでバイトできんなっ」
「そこでハッキリさせんでええやんけ、『行けたら行くわ』でええやん」

ドラマは、ツッコミ放題である。
1時間もじっくり見ていたら、もう下あごがガックガクして取り外し可能になってしまいそうだ。
マンガがドラマ化されたやつなんて、その危険性はついにチェホンマンを超えた。

「え??ゾロ、そんな声!?めっちゃ高いやん」
「ルフィ、大人すぎひんか?」
とか、多分、イヤだ。

おかしく感じるのは人物だけじゃない。
「そんなに薄暗い空を映したら、急な夕立が降らん方がおかしいやん」
「なんでお前はそこまで丁寧にあらすじを説明してくれんねん」
とか、どうしても状況を説明する表現が、ベタになってしまう。

なぜか?というと、表現にうとい主婦やおっさん層、もしくは分かっていない子供層など
正直、そういう感覚の鈍い人たちが、テレビのその時間帯のメインターゲットだからだ。

テレビのプライムタイム(19~23時)を一番よく観ている視聴者は、「友達のいないOLだけだと思っていいよ」というのは、オレが広告代理店で勤務していた時の、某キー局の営業担当者の弁。

だから、そのような人たちに「分かりやすく」「批判が出ないように」表現しなければならなくなる。カンタンに言うと、表現に対して低レベルな人たち向けに、きわめて安全なレベルに下げなければならないのだ。

「窓際のベッドで、点滴が絡まった細い腕がかすかに動いた気がした。」
という原文をテレビドラマ向けに映像化したら・・・

オレがテレビドラマのディレクターだったら想像するだけで「えーーー!微妙すぎるやん、勘弁してや」と思うと思う。そうじゃなかったとしても「この表現は省こう」と英断してしまいそうだ。

そう、テレビドラマの場合、それを「誰に対しても」「わかりやすく」「安全に」表現しなければならないという使命があるのだ。しかも制作期間も予算も少ないという制約もある。

書籍での場合、その一文で表現されることは「人それぞれで」「自分の想いを反映させて」「他人を気にせず無限に」であると思う。

「窓際のベッド」により、小学生時にケガで入院したことを思い出す人もいれば、「細い腕」で病弱なおばあちゃんを思い出す人がいてもいいと思う。「動いた気がした」なんて、特に人それぞれな想像をしてもよいだろう。極端なことを言うと、他人に言えないすごいことを想像してもいいのだ。

幼い頃は、漢字自体が読めなかったり、文字を読むとすぐ寝てしまっていたり、想像力が膨らまなくて、読書は本当におもしろくなかった。読書をするやつとは、一生仲良くなれないんじゃないか、とすら思っていた。

だから、オレに子供ができたとき「読書をすすめる際」には、いったい子供に何のウルトラマンをプレゼントしたらいいのだろう?今から悩む。

前述したとおり、読書を楽しむためには、読んだ言葉から「何か」を想像するための力が必要となる。想像をする力に必要なことは、自ら感情を動かされた「経験や体験」。それらを多く持っていなければならない。子供にはまだそれが少ない。だから、基本的に子供に読書は向かない。

その子供に対して、想像を膨らまさなくてもストーリーが伝わるようにするためのものが、映像でありマンガの絵であり、ドラマなのだと思う。

中学生の頃、好きなテレビドラマの翌日には、クラスではしゃぎまくった。
内田有紀の役に、勝手にクラスの気になる女子を抜擢していたものだ。

しかし、徐々にテレビドラマを観れない体質になってきた。
自分の頭の中の想像の映像が、テレビでO.A.される映像とズレてきてしまい、テレビドラマを見ても「こんなシーンありえへんやろ?」となってきてしまったのだ。

20歳になったときには、既に全く観ないやつになっていた。悪いけど「あいのり」なんて他人が観ていても超遠距離からテレビを消すほどのハカイダーである。
茶番めっ。

茶番なんだから、番組開始時に「この番組の久本は茶番です。」と一言ことわってほしい。

ということで、オレだけドラマを観ないのは悔しいので、みんなにも勧めようと思う。

色々な社会経験をしていたり、自分なりの考え方が身に付いてきていたり、笑いに自信があったり、もしくはクリエイティブな仕事をやりたいと思うやつは、

「20歳になったら、テレビドラマを観るのをやめてみよう!」

そして、こんな一言も付け加えてみよう!

「ドラマは観るもんじゃない。

するもんだ」と。

ピュ~っっ     カラカラカラーーーっ