1.3億×10倍以上の人間が、地球にいる

5月 3rd, 2005 @ 梶原 信次

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最近、面接をやっている。G.W.中。



若い、クリエイターの卵たちと話す。



テンションが上がり、テンションが下がる。



中々 表に出ないこともあるが、やっぱり皆それぞれ自分らしさを持ち、

それをどう深めるか、ということを考えている。

そしてそれをどう世に刻んでいくか、ということを。



はじめは表に出にくい。外見では出ない、喋りでは出ない、

履歴書では出ない、作品を見てはじめて、出る。



または作品を軽く見ただけでは、まだ出ないこともある。

それを作る経過、そしてその時の想いについて聞くと、

ほぼ確実に、出る。



喋っている人間と作品で現れる人間が、

かなり違う奴もいる。オレには分かる。



会話や言葉や文章などの表現では

8割方、そいつの真の自分らしさは出てこない。

20年も生きてきていれば、それらは簡単に偽ることができるのだ。

いや、偽ることをよし、とした環境で育っているのだ。



そうなると、会話をしている人間と別の人間が体内に隠れていることになる。



※その表現と真っ向から闘い、かつ磨き上げている人間は別。







1人の中には何人もの表現者が住んでいる。強い表現者、弱い表現者を含め。



そういう場合、1人を雇ったら、何人分の給料を払えばよいのだろうか?



答えを言いますと、ウチの会社は1人分しか払いません。今は。





面接で、

会った奴の全員と一緒に働きたい。



約100人のクリエイターの卵からエントリーがあった。

(うち40、50人はサクラなんちゃうやろうか、と懐疑的にもなるわ。)

約20人超と面接をする予定だ。

多分、2人しか採用できない。



言われ廃れていることだが、若いクリエイターは夢を持つ。

そして夢に近づくためにもがく。

これは当然だと思うし、今後も当然であって欲しい。



もちろん、オレの方が長く苦悩した分、

コンセプトの深さや表現の幅では勝っているし

ノウハウも持っていると思っている。

ビジネスについても若干は、酸いも甘いも含めて教えてやれる。



但し、夢に対する我武者羅さは、歳とともに薄れてきているように感じる。

これは、若いクリエイターと会っていることで実感ができる。

オレは気持ち悪い大人になりかけていた、ということが実感できる。



面接に来てくれたような奴ならば、誰と一緒にやっても、互いに切磋琢磨できると思う。



ぶっちゃけ、会った奴のほぼ全員と一緒に働きたい、そう思う。



結局、オレには面接のセンスがない。



やりながら磨いていくしかない。







今日もデザイナーになろうと、もがいている奴がおった。

今日はデザイナーやのに、バッサリと割り切れる奴がおった。

今日はイラストレーターやのに、めっちゃ計算できる奴がおった。

今日はコピーライターやのに、頭で絵を描ける奴がおった。

今日は外見は格闘家やのに、絵本を作っている奴がおった。

今日ついにフリーターやのに、刺し殺すぐらいの絵を描く奴がおった。



おれもクリエイティブな経営者として、

自分をも思いっきり素手で殴る、闘うクリエーターであり続けたい。







最近、面接をしながらふとやりたいな、と思ったこと。



・子供向けに作った絵本を、ひたすら大人に読ませる。

 (昔の深夜番組「大人の絵本」とは関係ない)



 擦れた大人が、擦れた大人に対して作る説教がましい本ではなく、

 子供が読むことを念頭において制作した絵本。

 大人であれば、誰がどう読もうがどう思おうが自由。

 但し、大人に読ませる。

 大人の絵本。



・若きクリエーターと接する人のための学校



 クリエーターの卵を養成する人(=教師?)が通う学校

 クリエーターをマネジメントする人が通う学校

 クリエーターの彼女、彼氏が通う学校

 クリエーターの部下を持つ人が通う学校

 (ちなみにクリエーターやクリエーターの親は通う必要なし。当然。)



・子供が落書きをするための家の中の壁



 何度でも落書きしてみろ

 

派生系として



・子供が物を作るための粘土のテーブル



 何度でも丸めてみろ



・子供が音楽と触れ合うための食器類



 何度でも叩いてみろ、割ってみろ



・子供が生き物を知るためのフェイクファー・ロボペット



 何度でも生き物が痛いと、カワイイと、死ぬということを体験しろ







そろそろ新規に企画提案を出し続ける、泥臭い営業もしまくらなければならない。

オレを刺し殺すような若きクリエーターと共に働くために。